買い物をして、映画を観て、おうちに帰ろう!

よしだしほ

今日は、わたしの好きな「映画のなかで映画を観る映画」をご紹介しましょう。
おそらく一番有名なのは2004年しんゆり映画祭でも上映した「ニュー・シネマ・パラダイス」でしょうか。
わたしが一番好きなのは、「カイロの紫のバラ」というウッディ・アレン監督の映画です。
ひとりでレイトショウを観に行った帰り道、映画の楽しい余韻にひたっているときには、「カイロの紫のバラ」のミア・ファローが思い出されます。
その日観た映画の主役が軽薄でかっこいいヒュー・グラントだったらなおのこと。
「カイロの紫のバラ」では、主人公(ミア・ファロー)が乱暴な夫との心が通わないさびしい生活を埋め合わせるように、映画館に足を運びます。映画をみているミア・ファローの顔がうっとりとあこがれに紅潮し、「あぁ、素敵!」と思ったとたん、スクリーンから主人公の男が本当に出てきて、
「君はこないだも来ていたですねぇ」なぁんてことを話かけ、二人で手に手をとって劇場から逃亡するのです。
ウッディ・アレンは、映画を観る行為を映画にするのが、好きなのかもしれません。
ほかにも、クロサワだかオズだかの映画を観るために、ウッディ・アレンとダイアン・キートンが劇場の入り口に並んで待つ間、ひたすらスノッブにおしゃべりし続ける「アニー・ホール」という映画もありました。

ウッディ・アレンといえば、「結婚記念日」。
この映画は、17年目の結婚記念日に浮気を告白する夫(ウッディ・アレン)と、結婚に関するベストセラー本を出した妻(ペット・ミドラー)の記念日の一日を描いています。
映画の舞台は、アジア系住民が多くすむ街。ここに出てくるデパートや映画館がそろう複合施設は、わたしたちの映画祭が行われる新百合ヶ丘のビブレや、109シネマズがある港北区の東急百貨店のような場所です。休日ともなると駐車場に入るにも大渋滞。
たくさんの買い物のあと、ふたりは映画館に入ります。
とはいえこの夫婦、車の中でも買い物の間じゅうも、本屋でも映画館に入るまで、ひたすら機関銃のように言い争い続けているのです。
そしてこの夫婦がそろって観た映画が、「サラーム・ボンベイ」。
埃に煙ったボンベイのまちとストリート・チルドレンの少年が映し出されます。
しかし映画はそっちのけで、どういうわけかいちゃいちゃしはじめる二人。
「いやぁ、いい映画だったね」、と揃って劇場を出てきた頃には、あわや離婚の危機かと思われた二人の仲も、ちょっと修復されているのです。

劇中映画として使われた「サラーム・ボンベイ」は、インドのミラ・ナイール監督の傑作です。
余談ですが、この「サラーム・ボンベイ」は第6回映画祭の上映作品の候補に上がったことがあって、スタッフ5人が4日間でビデオをまわしあい、こんな映画を上映したかったんだぁ!と叫んだ映画でした。配給権切れのため、上映できなかったことがいまだに残念でなりません。

第6回しんゆり映画祭でも上映した「少年、機関車に乗る」というタジキスタンの映画でも、少年たちが父親を探してたどりついた町で、夜ひそかに映画が上映されています。

それから「ジャック・ドゥ・ミの少年期」。
「落穂拾い」のアニエス・ヴァルダ監督が、夫で映画監督のジャック・ドゥ・ミの少年期を描いています。ドゥ・ミの少年時代に起きたさまざまなできごとが、彼が作った「ロシュフォールの恋人」などの映画のなかでどのように活かされているかがわかっておもしろいです。
ビデオ化もされていないので、永遠にみることができないだろうと思っていたジャック・ドゥ・ミ監督の「ロバと王女」の美しいワンシーンが挿入されていたりします。
さて「ジャック・ドゥ・ミの少年期」の中でも主人公は何度も家族と一緒に映画館に通います。
もっぱら、息子がお勧めする映画を一家でそろって観るのです。
お話をつくるのが好きで、人形劇セットを作って上演したり、屋根裏部屋に小さなアニメーションセットをつくったりしていたドゥ・ミ。戦争におびやかされながらも、仲の良い家族に囲まれ、だんだんと映画をつくることに近づいてゆく少年の姿が、みずみずしく描かれています。
この映画が作られたあとすぐにジャック・ドゥ・ミが亡くなったことを思い合わせると、ヴァルダ監督の夫への愛惜の念がひしひしと迫ってきて、映画の内容に関係なくなんだか泣いてしまったのでした。

そして最近作では、ウルグアイの映画「ウィスキー」。
この映画の女主人公は、靴下工場での仕事帰りに映画館に立ち寄り、一人で映画を観て一人でまたバスに乗って帰ります。彼女の日々は判で押したように変わりなく、映画を観る表情にも何かをうかがわせることはないのですが、でも彼女は待っているのかもしれない、映画のようなロマンスや、おどろくほどの変化が自分の身に起きるかもしれないと…。

とまぁ、いくつかの映画をご紹介しましたが、こんな映画を観ると、毎日の暮らしのなかに映画を観ることが自然に溶け込んでいるといいのになと心から思います。
ご飯を食べに行って、その帰りにちょっと映画を観て帰ろうってな感じに。家族そろってだったり、愛する人と二人でだったり、仕事帰りに一人でだったり…。さまざまな形で、映画が入り込んでくる余地がある、そんな生活が手の届くところにあればなぁと心から思います。

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