昔、流行っていた音楽を聴くと、その時の個人的な思い出がよみがえってきて、泣きそうになることがある。
この映画は、 あたかもそんな感情を映画にしたような作品だ。 テレサ・テンが歌うラヴソング「甜蜜蜜」が、都会で孤独に暮らす大陸(中国)出身の男女の10年にわたる恋の始まりや終わりに寄り添うように優しく流れている。
ちゃっかり者で強引なレイキュウは、実はどこか危なっかしい。不器用でおっとりしたシクワンは、故郷に恋人がありながらそんな彼女に次第に恋してしまう。 どこにでもありそうな恋の始まりが、一人住まいの狭い部屋や人混みのなかで、まるで宝石のようにキラキラと輝きだす瞬間。いつも一緒にいて、 いつの間にか色あせ、何気ない言動で冷たい石のように固まる瞬間。それぞれ別の人生を歩み出し、ふとした再会に思いがけず動揺してしまう瞬間。 誰もが経験し、心に抱き続けているだろう恋の瞬間がこの上なく繊細でリアルに描かれている。
くーーーーーーっ。
<以下ネタバレあり>
ある作家がエッセイで、「わたしにとって本当に悪い男は、実は平凡でのんきそうな顔をした輩だった」と書いている。 まさにその言葉通り、のんきで罪のない羊のような目をしたシクワンが、煮え切らないヤツだったために、この二人の流転の10年があったと個人的には思うのだが、 そのおかげで行きつ戻りつする恋のはがゆさ、切なさ、喜びをたっぷり堪能できる。
「恋って、せつないですねぇ(溜息)」
またこの物語がただの恋物語にとどまらず、深く心に残るのは、香港返還で揺れ動く時代に翻弄されながらも、 アメリカに新天地を求めてたくましく生き抜く二人の姿に、同じような多くの中国人の姿を重ね合わせることができるからだろう。
ちなみに、のんきで罪のない羊のような目をしたシクワンを演じたのは香港四天王の一人、レオン・ライ。 レイキュウの初々しい20歳前半から成熟した30代を演じたマギー・チャンは、今も当時も、 中国語圏映画のトップ・スターである。まなざしひとつで、激しい恋も秘めた恋も演じられる二人の演技がこの映画を特別なものにしているのはマチガイない。
(よしだしほ)
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