第20回目を迎えるKAWASAKIしんゆり映画祭では、10月26日(日)、10月29日(水)、11月1日(土)の3回にわたり、今年7月公開の話題作『怪しい彼女』が登場します!これに先立ち、『怪しい彼女』応援団長の松崎まことさんに作品の魅力をたっぷり語っていただきました。 (収録:2014年10月3日)
【聞き手】
神原健太朗:1年目市民ボランティアスタッフ。これまで様々な映画祭に関わり、今年、念願のしんゆり映画祭にも。あらゆる形で映画に触れていたい。
寺田祐実子:3年目市民ボランティアスタッフ・プログラム編成担当。映画館と映画チャンネルの鑑賞比率は1:4くらい。日々レコーダー残量と戦っている。
神原:本日はよろしくお願いします。私と松崎さんとの出会いは、私が某映画祭で一般公開前の本作に関わった関係から、今年6月に開かれたファン・ドンヒョク監督と松江哲明監督のトークイベントに参加した際に、松崎さんがMCをされていて。イベント後の監督を交えた食事会で初めてご挨拶させていただきました。
松崎:その後午前3時頃まで飲んでいましたね。
神原:そこで熱い話を沢山伺いまして、その後も劇場でのトークイベントに伺ったり、私が主催した映画鑑賞イベントの懇親会にゲストとしてお越しいただきました。
寺田:神原さんは今年からしんゆり映画祭のスタッフに参加で、その後に本作の上映が決まったので、ご縁を感じますね。
松崎:寺田さんともゆうばり映画祭で偶然知り合った訳ですし、結局、映画は狭い世界です。
左:聞き手の神原、右:松崎さん。松崎さんの行きつけの店・LIONSHARE(代々木)にて。映画祭チラシも置いていただきました!麗しい店主の吉野さん、ご協力ありがとうございました。
神原:ファン・ドンヒョク監督は、「この映画は三世代が一緒に観て、笑って、泣いて、共感して楽しめる映画だ」と言っています。こどもが小さい頃の夏休み映画などは別として、ある程度こどもが成長した家族が一緒に映画館へ出かけたり、同じ映画について話す機会は少ないと思うのですが、家族で鑑賞に堪えうる作品が限られているという理由もありますか。
松崎:そうですよね。実際この作品は、私の身内の60代・70代の叔父・叔母に観に行ってもらったし、40代の弟二人も観ています。妻もシム・ウンギョンさんがゲストに来たイベント上映で観ていて、娘には券を2枚渡したら友達と行きましたね。そして、みんな揃ってリアクションが良かったです。うちの身内はお世辞を言わないし、僕が番組に出ると言っても観てくれない、ラジオも聴いてくれない人たちだから、日ごろそんな反応はないんです。
神原:私も5回ほど観たうち、1回は中学1年生の娘と行きました。
松崎:娘と一緒には行けてないなあ。小学校6年くらいまではあったけれど、ここのところ彼女が忙しくてちょっとね(笑)。
神原:この映画の間口の広さを来場者やSNSから肌で感じたことはありますか。
松崎:試写のアンケートやツイートをみると、これはオカンに観せたいとか、おばあちゃんに観せたいといった感想が若い層から多く上がって来るから、本当にそうなんだろうなと。マスコミ試写でも同様にお母さんに観せなくちゃと言ってるタレントさんやマスコミ関係者が多くて、これはホントに届いてるんだなという感触を持ちましたね。
神原:本作は今年3月の沖縄国際映画祭で観客賞を獲っていますが、現地での上映時にはあっという間に満席になったようで、やはり圧倒的な支持を集めたのだなという印象があります。上映直後に監督とシム・ウンギョンさんが登壇した時にはものすごい盛り上がりでした。
松崎:コメディだから、基本どんな人にとっても観やすいんですが、特にこれは三世代が登場しますね。おばあちゃんが若返っちゃうというエピソードに絡んでくるのが息子や孫世代というストーリーで。若返っちゃうネタ自体は良くある話だけれど、そこに韓国の社会状況や家族関係が絡んできます。食べ物を取り分けてあげたり嫁に黙って孫にこづかいをあげたり…….似て非なるものではあるけれど、韓国とは文化圏が近いから日本人に届きやすい、ということはあると思います。核家族とは言われながらも、血縁に対するアジアなりの濃さといったものはまだあるから。
神原:泣かされるところは、まさにそこですね。
松崎:まあホント卑怯だなと思うくらいに(笑) 。
神原:一方で、泣く以上のウェイトを占めているのが笑いですね。海外のコメディ映画は国内でヒットしにくい状況にあるように思いますが。
松崎:近年特に特にアメリカのコメディとかでそういう傾向になってますね。
神原:そんな中、この映画が受け入れられた要因はなんでしょうか。
松崎:まあ簡単に言えば、シム・ウンギョンの力でしょう。あんな才能ある女優は他にはいないですよ、正直言って。普通あの歳であの演技はできないです。
神原:ファーストシーンから一気に掴まれて、笑いっぱなしになりました。
松崎:俳優の斎藤工くんに見せたら、「映画秘宝」に「アジア最強女優」と書いて下さいました。プロの俳優が見てそう感じたのだから本物なんでしょう。まだ20歳で、撮影時は19歳でしょ。日本であんな女優はいないですよ。あえて似たタイプを探すと上野樹里ちゃんあたりでしょうけれど、まあアジア全般を見渡してもそうそういないでしょう。
寺田:彼女は子役出身ですね。
松崎:そうです。有名ドラマシリーズに出てましたから、韓流ドラマをずっと観ていた方にはお馴染みで、ずいぶん大人になったなあと感じるみたいです。僕は『サニー 永遠の仲間たち』で彼女を初めて見ましたが、その時から見ても大人になりました。
神原:『サニー』の時は、彼女だけが本物の高校生でした。あと、『サニー』も『怪しい彼女』も何かが憑依する役ですね。
松崎:映画の初主演作も、憑依する役だったんじゃないかな。
寺田:ホラーみたいな?
松崎:ホラーかオカルトかわからないけど、それが『建築学概論』のイ・ヨンジュ監督の長編デビュー作ですね。
神原:子役の頃から見ていたというファンが沖縄にも来ていて、クロージングセレモニーの終了後に話しかけていました。
松崎:「WOWOWぷらすと」に彼女が出演した際、韓国の兵役帰りで番組とは関係ないスタッフがたまたまスタジオ近くを通って、韓国の旬の大スターが何故ここにいるのか?!!!と驚いていたのが印象的でした。『サニー』は単独主役ではなかったので、本作でスターとして揺るぎない地位を確立した形ですね。
神原:韓国の百想芸術大賞で号泣した姿が印象的でしたが、彼女自身の気持ちとして大スターになる区切りだったんでしょうか。
松崎:やはり大物のチョン・ドヨンを破って、最優秀主演女優賞を得たというのが大きいんじゃないですか。ドヨンはカンヌ国際映画祭で主演女優賞の受賞経験があって、しかも今年は審査員を務めています。今回も『マルティニークからの祈り』で実に凄い演技をしていましたが、韓国は海外での実績に対するリスペクトが、日本とまるで違いますからね。その昔日本で黒澤明がベネチアで賞を獲った時くらい盛り上がります。たとえばスケートなんかでも、浅田真央ちゃんと比べてキム・ヨナの国内的ヒロインぶりはまるで違うわけです。しかも韓国の芸能界は、上下関係が非常に厳しい。
そんな中でドヨン大先輩を破っての受賞ですから、相当の思いがあったのは想像するに難くないです。
あと、本作では本格的女優としての演技はもちろん素晴らしいんだけれど、もう一つ劇中で吹き替えなしで歌ってる歌が凄いです。もともと声楽をやっていたんですが、演技に集中するために一度やめてるんです。で今回、当初は吹き替えの予定だったのが、本人の希望で実際に歌うことになったそうで、かなり鍛えなおしたんでしょう。
神原:劇中の歌が本当に良くて、ダウンロードして聴いていたら、娘も言葉がわからないながら歌ってます。
松崎:女優の武田梨奈ちゃんも聴いてるといってましたよ。
寺田:韓国国内で観客動員860万人以上という記録的な大ヒットは、シム・ウンギョンのネームバリューがあったからなのでしょうか。
松崎:いや、今回はキャスティングが見事にハマったからでしょうね。当初シム・ウンギョンという名前だけではお客が入らないよといわれて、監督は周囲から反対されたそうですから。でもこれからは大スターという扱いになるでしょう。
神原:前作の『トガニ 幼き瞳の告発』は、聴覚障害者学校で実際に起きた性的虐待事件をテーマにした重い社会派の作品でした。今回はファンタジーコメディーで、この振れ幅の広さについてどう思われますか。
松崎:この題材ならこう撮りたい、この題材ならこう撮る、撮りたいものが明確だからできることだと思います。
ウチの相方(映画評論家の松崎健夫)の見解では、『トガニ』はオープニングで霧の中を車が走っていて、これから五里霧中の話が始まりますよと提示していて、『怪しい彼女』でも最初にいくつかの球技の特徴を説明することで、これから何をやるのか見せています。わざと隠す場合もあるけれど、実は映画って最初に何をやるかを観客に提示しちゃった方が良い場合が多いんですよ。因みにファン監督は、『トガニ』で神経を切り詰めすぎて、このままだと自分が死んじゃうから、コメディを撮りたいと思ったと言ってますね。
ただ、『トガニ』も『怪しい彼女』も自分の企画ではないんです。そこで彼が凄いのは、当初おばあさんが八頭身の超美女に若返る設定だったのを、それではつまらないと言ってシム・ウンギョンをキャスティングしたところでしょう。
寺田:彼女はいわゆる韓国アイドル系のルックスではないですね。
松崎:人造人間みたいな作られた感じではないよね。
神原:劇中に出てくる4人組アイドルのようなタイプとは違いますね。
松崎:親の情愛といった泣かせどころも心得てますね。例えばおばあちゃんは孫に何でも食べさせたがるといった描写とかね。伝えたいことははっきりしていて、言葉に頼らず画面でつなぐ、これが良い形でわかりやすい表現になっているから、観客も納得するんですよ。社会派の重い作品でもファンタジーコメディでも、そこは変わらないです。才能がなきゃこんな作品撮れません。
神原:実際に来日したシム・ウンギョンさんにお会いして印象に残ったことはありますか。
松崎:イベントで一緒になった方の楽屋にちゃんと挨拶に行くんですよ。そういう礼儀正しさは感じましたね。
神原:日頃からJ-POPを聴いていたり日本が好きで、私が関わった映画祭で彼女をアテンドした時は、レッドカーペットをドラえもんも歩くと説明したら、ツーショット写真を撮りたいとリクエストされました。無事撮ることができて、ドラえもんグッズもプレゼントされて大満足の様子でしたね。
松崎:「ぷらすと」配信の時にドラえもんグッズを渡したら、ものすごく喜んでましたね。オフの日に藤子・F・不二雄ミュージアムに行ったらしいんですが、お母さんにあまり買っちゃダメと言われてほとんど買わなかったと聞いて、真面目な子だなあと思いました。
神原:アニメのキャラクターショップに行ったり、ゲームセンターで対戦ゲームやカーレースゲームに熱中してましたね。CDショップでもJ-POPのCDをしばらく物色してました。
神原:私の周囲では、今まで一度も韓国映画を観たことのなかった人が、こんなに面白いのかとビックリして、こんなに面白いのなら他ももっと観ておけばよかったという声が上がっています。
松崎:韓国の主だった監督さんは大抵アメリカ留学して映画製作を勉強されているので、洗練のされ方が日本とは全然違っていますね。だから海外に出しても通用する。それでいて韓国的なバイオレンスとかベタな人情とか、土着のものもきちんと織り込んでいます。
あと、役者が企画や脚本を選ぶんですよ。日本との最大の違いはそこですね。日本は製作委員会が公開日を決めて、そこから逆算して脚本を作る場合が多くて、役者も脚本を読まずに出演が決まっていることが珍しくない。それに対して韓国は企画や脚本をまず先に時間かけて練り上げて、これは素晴らしい内容だから出演してくださいといってキャスティングするんです。だから脚本が良くなければ始まらないんです。
あとは観客のリテラシーの違いじゃないですかね。韓国だとデートで普通に映画館へ行きますから、年間で観る本数が違います。圧倒的に日本は少ないですから、映画鑑賞のリテラシーが上がらないんです。今、一番日本で問題なのは、例えば原作通りに作ってないと「漫画本と違う」と言って客が怒るんですよ。
神原:『怪しい彼女』の他に、今年のKAWASAKIしんゆり映画祭のラインナップで気になる作品はありますか。
松崎:『GF*BF』は今年の僕のベスト級の一本ですね。
80年代後半から始まって男2人と女1人の人生が変転してゆく青春映画なんです。台湾の4つの時代のシークエンスを、その時々の局面でしか切り取ってないのに、登場人物それぞれがどう歩んできたのか、セリフで説明しなくても全部がわかるという演出が見事です。私は台湾が好きなんですが、歴史をちゃんと織り込んでいます。80年代後半以降は大きく変革した時代で、今の台湾がどう形作られてきたかも表現されている映画でもあるという。
寺田:エンターテーメント映画の形をとっているけれども、歴史を伝える力があるように思います。
松崎:あれを観ると、台湾で何があったかを調べる気にさせるんです。だから海外に出しても通用する。今は調べようと思えばすぐにネットでもなんでも調べられる時代だから、調べてみようと思わせることが大事。今の香港のデモも、春の台湾のデモも国は違えども繋がってる気がします。
神原:アジア映画に精通してらっしゃる日本映画大学の佐藤忠男先生の講義を聞いたときに、「その国の映画を観れば、その国がわかる。観ないとわからない」というようなことを仰っていました。外国の映画の力は、その国を理解するきっかけ、調べるきっかけになることだと。
松崎:昔はまさにその通りだった。映画を観ると、「何だろ、それ」ってなるじゃないですか。ネットが無かったから、映画で学ぶことが多かった。今は映画がそのきっかけを与えて、興味を持ったら調べる、知ることが大事なことです。
『GF*BF』詳細はこちら
神原:しんゆり映画祭は今年20回の節目を迎えて「映画、あらたなはじまりの時。」をテーマにしていますが、市民映画祭への期待を聞かせてください。
松崎:観に来た関係者同士のつながりができるのが映画祭の良いところ、人の縁です。そして今はとにかく市井の人に映画を広めないと、映画が滅びますよ。老若男女を問わず映画を観せる機会に映画祭をしないと…。
映画に対するリテラシーがそもそもなくなっているのが問題。映画館が街にあるのだから、しんゆり映画祭で映画を面白いなと思った人たちが、日頃から映画館にも足を運ぶようなきっかけを与えるようにしてほしいですね。地方都市だけじゃなく東京郊外でも映画館の無い地域が多くて、多くの市民映画祭の上映環境はキツイです。
新百合ヶ丘には少なくともシネコンとミニシアターがあって恵まれているのだから、もっと映画館で映画に親しむ機会を与えないと、産業としての「映画」は終わっちゃいます。自治体が音頭とるだけではダメで、例えば和歌山県田辺市で開催されている田辺・弁慶映画祭でコンペに市民審査員を設けたように、いかに市民を巻き込んでいくか、それが市民映画祭の役割だと思います。日頃観ないような映画に触れて市民のリテラシーを高める場になって欲しいですね。
左から寺田、松崎さん、神原
『怪しい彼女』作品詳細はこちら