脚本づくり――自分で自分を解説するという葛藤
――『スイッチ』が、いよいよ公開されますが、出来ばえはいかがですか?
寺田:当初予想していなかった脚本になりました。女子のリアルな意見はもちろん、浜口さんたち大人のスタッフの方々の意見も取り入れて、非常に満足いくものができたと思います。
浜口:僕も満足しています。参加者それぞれが書いた13本の原作が、寄ったり離れたり、足したり引いたりしながらシナリオができた。我々大人は「こうしろ」なんて、ひと言も言ってない。実際に書いたのは君たちだし、それは自信を持っていいと思う。これはやっぱり大人では書けない脚本。問題は、それをどう実体化していくか。それが非常に難しいわけだよね。
寺田:はい。
浜口:そのためには我々が、あのシナリオを、ものすごい勢いで理解しなればいけないわけですよ(笑)!中学生の微妙な心理をいかに表現するか、撮影や編集で定着させるかということに、すごく苦労しました。
寺田:まず自分自身、中学生のことがよくわかっていない。だから大人に上手く教えることもできない。それを大人にわかるように説明するのが、いちばん難しかったです。
――具体的に、どういった部分の説明が難しいんですか?
寺田:いやもう、ストーリーの状況、中学生の現状、すべてです。主人公の綾が置かれている状態も、許されるべきではないのに、彼女自身はその状態に居心地の良さを感じている。それを「なぜ?」と問われると上手く説明出来ない。「そういう現実があるんです」としかいえない。理詰めで説明できないのが、いちばん大変でした。
――完成稿では表現できましたか?
寺田:なんとか(苦笑)。
浜口:「具体化しなきゃ映画にならない」が合言葉だった。現実の曖昧さを、無理繰りにでも具体化しなきゃいけないわけだから。
寺田:自分で自分を解説しなきゃいけないんです。まず自分たちの生活を見つめなおしました。
浜口:いろんな学校から集まってきた参加者が、それぞれ自分たちの実生活や学校のクラスを思い返して「こんな空気がある、こんなヤツがいる」という情報を擦り合わせて、最大公約数的な実体を作り、それを映画に投影するわけだ。「自分で自分を考えている」姿はよく伝わってきたよ。
――普段、こんなに自分自身を見つめなおすことってありますか?
寺田:いや、ないですね。そこを突き詰めちゃうと、「オレは本当にこのままでいいんだろうか」って考えることになるから、まず逃げますよね。
――今回は逃げられなかった?
寺田:“表現”しなきゃいけないので、逃げちゃダメです。映画制作に参加できて、あらためて自分がどう考えているのか、キチンと向かい合えたと思います。それに案外、自分を見つめなおす作業が、おもしろかった。違う学校の生徒と交流して、お互いの学校や地域の中学生の様子もわかって、その上で自分のいまの現状を洗い出す。気持ちの整理になりましたね。1回は向き合わないとダメだと思います。そう思う中学生は少ないと思いますけど……逃げる方がラクだから。
――気持ちを整理して、掴めたことはありますか?
寺田:気持ちに余裕が生まれました。自分の行動とか周りの行動に説明がつく、理由がつけられる、理解ができる、というのは安心できるし、不安がなくなるというか。
『スイッチ』で描かれている中学生のリアルby男子
――ラストシーンは、観る立場によっては受け取り方が違ってくると思いますが。
浜口:現実の世界では、ラストシーンのような状況って中学生しか見てないんだよね。先生や大人たちは知らない。そこを描いて見せたのが、この映画のスゴイところ。「コッソリ見せたもらった」感じがすごくします。
――綾のような“頼られていると勘違いしている子”を叩いて見せることが、今回の映画の狙いだったのでしょうか?
寺田:いや、叩くことではないです。僕たちにとって、彼女を叩いて、いまの現状が崩れて住みにくい世界になるのは、それはそれでメンドクサイ。問題が起きるなら叩く必要はない。現実では叩けないから、空想のなかで叩いてみたらどうなるかな?と考えたときに……でも、この映画はまだ楽観的ですよ。綾を助けてくれる、玲みたいな子がいるから。
――現実の世界では怜みたいな存在はいない?
寺田:いないですよ。綾を勘違いさせておく方が、周りの人間たちはラクなんです。
浜口:キツイね~~~! 怜がいることが、まだこの映画の“救い”なんだ。
寺田:怜がいることで壊れたし、怜がいることで救われる。
浜口:怜はたぶん、転校初日にクラスの違和感に気づいた。このままでいいわけじゃないけど、積極的に絡むつもりもない。
寺田:そこまで正義感があるわけじゃないんです。
浜口:でもラストシーン、綾とすれ違ったとき、朝の教室で何か起きたことを怜は察知した。だから「綾」って呼んで、助けているんだよね。今回は男子監督だから、女子のセカイを客観的に描けるところは、あったかもしれないなぁ。
寺田:コイツら大変だなーって。男だから、ちょっと引いて見られる。
浜口:細かい事情はわからなくても、クラス内で女子がやっていることなんて大抵わかっているんですよ(笑)。それを男子サイドからぶちまけた、男子にしか撮れない映画だね。『スイッチ』における監督の目線は、岡本役に近いの? 地域交流会の委員が決まらなくなったとき、岡本は「僕がやります」と言ったけど、あれは綾を救っているわけじゃないんでしょ?
寺田:はい。
浜口:このままだと委員が決まらないし、クラスの空気が悪くなるのも嫌だし、だから岡本は手を挙げた。
寺田:そうです。綾を救うことじゃないです。
浜口:カッコよく見えるけど、あれも正義感じゃないんだよね。
寺田:結局、現状維持というか。
浜口:岡本みたいな存在、どう思う?
寺田:どちらかといえば嫌いだと思います。一人わかったフリして、結局何もしない。
――綾と怜が一緒に校門を飛び出していく結末もあったのでは?
浜口:それは大人の老婆心の解釈でしかないんですよ。
寺田:校門の外は居場所じゃない。中学生の居場所はやっぱり、学校です。
浜口:作っている最中は、イマドキの中学生のスゴイ世界を覗かせてもらっている感じがしたけれど、できあがって見たら、大人の人間関係と同じだな、と。逆にいうと中学生の社会が、大人社会を投影しているのかもしれない。そこまで想像して作っていたの?
寺田:いやもう、自分のことで手一杯で(笑)大人のことなんて考えてないです。あくまで自分たちのことを描いて……でもそれって自分たちの汚点をさらけ出すことで。できれば逃げたい嫌なことを、映画では“表現”しなきゃいけないから、わざわざやっている。それを越えて大人社会の縮図だなんてことは、後から言われてわかることですね。
浜口:今回は、すべてさらけ出した?
寺田:いやぁ~まだまだ。汚いトコロありますよ(笑)。
奇跡のキャスティング、そして演技指導の真実
――キャスティングが素晴らしかったです。
浜口:天の采配ですね。
寺田:よく人材がいたものだと。
浜口:13人しかいない中で、こんなにハマったのは奇跡に近い。
寺田:怜の役も、役者によっては冷たくも見えるし、優しいキャラクターにもなる。両極端になりがちなところを、ギリギリ中間のところで表現できたと思います。
――みき、あーちゃん、ぷっちょの3人娘もリアルでした。
寺田:自分でセリフを作れる子たちを選んだんですが、狙い通りでしたね。
浜口:シナリオにない行間の演技を作りきったのが素晴らしかった。観る人には是非言いたいんですが、彼女たちの演技のディテール、あれはアドリブじゃないんです。あの作りこんだ演技を、毎テイク忠実に繰り返していたんです。
――3人娘の役作りに、監督側からの注文はなかったんですか?
寺田:だって僕、男子校ですから。女子の会話には口出せない(笑)。
浜口:(爆笑)
――ではキャスティングに関する不安はなく、撮影に入れたんですね。
浜口:そういう意味では……春人役だよね(笑)。
寺田:リハーサルのとき、ホントに大丈夫かな?!って。全然弾けてくれなくて。まだチームも仲良くなっていない頃で、恥ずかしかったのかも。でも現場に入ったら……。
浜口:テンション上げてきたよね~~~!!
寺田:いちばん期待以上でした(笑)。
浜口:地域交流会の委員を押しつけられて「ゲッ」と言うところ、「このシーンなくても成立するんだから、できないならカットするぜ」と少々脅したら、必死に「いや、頑張ります!!」って(笑)。
寺田:春人はストーリー的には別にいなくてもいい(笑)。
浜口:でも映像見たら、細かい芝居やってるんだよ~。撮っているときもスゴイ!と思ったけど。
寺田:頑張りましたよね~。
――キャストは、演技指導を受けているんですか?
浜口:素人さんですし、セリフだけ言えば成立すると思っているときがあるので、そういうことではない、ということはリハーサルの段階で懇々と説明します。あとはカメラに対しての立ち位置の指示ぐらい。基本的に彼らの映画ですから、我々はノータッチです。監督や助監督、中学生たちに完全にお任せ。そこに口を出したらワークショップの意味がなくなりますから。
――寺田くんの監督ぶりは、いかがでしたか?
浜口:関係性をよく見ていましたね。細かい段取りを見るのではなく、役者に対して「こういう感じにしてくれ」という指導を、ちゃんとやっていました。
寺田:リハーサルのとき、それぞれの登場人物の心情などを全部、説明したんです。あと、恥ずかしがらずにもっと弾けろとか。特に怜は難しい役なので、かなり指示を出しました。視線の動かし方や、間の取り方とか……。
浜口:だから撮影に入ったときに、シナリオの意味を理解していない子が、本当に誰もいなかった。キャスト、スタッフ、エキストラの後ろの席になった子まで含めて、みんなが、そのシーンの意味合いを理解して、自分たちで芝居を作りこんで、考えながら行動していた。ひとつの作品に対して全員が向かい合うことが、チームの持つ力を底上げしていくということを、今回すごく感じましたね。
監督業も映画制作も、ひとの感情に気を遣うシゴト
――チームを率いた監督としてのやりがいを感じましたか?
寺田:女優さんたちの機嫌を取るのが忙しかったです(苦笑)。
浜口:やっぱ機嫌、取ってたんだ(笑)。
寺田:モチベーション下がってるなーと思ったら、とにかく頑張って盛り上げて。
浜口:例えば、どんな風にテンション上げてたの?
寺田:とにかく笑わせてました。僕が道化になって(笑)盛り上げ役を買って出て、全員とちゃんと話して、退屈している人が出ないように。ほとんどそういう……演技指導よりも機嫌取りの方が忙しかったです。
――監督の仕事として、そういう役回りは想定していましたか?
寺田:いや。ちょっとズレてると思います(笑)。
浜口:いやいや。映画監督の仕事は多分にそういう側面もあるから、正しい監督の仕事をしたのかもしれない(笑)。
――寺田くんにとって映画制作とは、どんな体験でしたか?
寺田:人の感情に、すごく、気を遣いましたね。女子たちの話を聞いて、それを脚本にしていくのも人の感情を扱うことだし、ご機嫌取りにしても、みんなの感情をうかがうことだし。あと、人の行動の根拠、理由、ですよね。そこがおもしろい、そこが知りたい、という感じで作っていました。
――『スイッチ』をどういう人たちに、どんな風に観てほしいですか?
寺田:最終的に僕は、同年代の人に観てもらいたいと思うようになりました。最初は大人に向けての挑戦、「自分たちはこうなんだよ、感情はこうなんだよ」って言いたかったんですけど。むしろ同年代の人たちが日頃言わない、触れないようにしているところ、汚いところを提示した形になっていったので。
浜口:どういう気持ちから、同年代に見せたいと思ったの?
寺田:「お前ら、こんな感じなんだよ」って見せつけたり、教えたいわけじゃなくて、こういう汚い部分に向き合ってみてもいいんじゃない?って思うんです。逃げている人が大半だと思うので。まずは向き合って、そして考えてみる。そのキッカケになるんじゃないかと。大人が観たら「どういう映画なんだ?」と、映画のことを考えると思うけど、同年代の子が観たら「じゃあ自分はどうなんだ?」って、自分のことを考えると思いますね。
――ありがとうございました。ほかに何か言いたいことはありますか?
寺田:だいぶ、さらけ出したので……(苦笑)。
浜口:だよね(笑)。